和泉蜻蛉玉 松田 純一

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松田 純一

和泉蜻蛉玉

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松田 純一

和泉蜻蛉玉

「和泉蜻蛉玉」は、山月工房の登録商標です。

大阪の伝統工芸品「和泉蜻蛉玉Ⓡ」

まず初めにこの業種に携わろうと思ったきっかけを教えて下さい。

父親がこの蜻蛉玉の職人でした。その先代が和泉蜻蛉玉を専業でずっとやっていて、私は高等学校卒業後建築会社に勤務していました。しかしながら気がついたら和泉蜻蛉玉を専業で従事している職人が父親一人になっていました。私は素人ながら以前より先代の技術は並外れたものだと感じていて、このまま終わらせていいのかと。そのように考えるようになり、また家内も同様に考えていて何とかこの卓越した技術を残す方法はないのか、そこから和泉蜻蛉玉の歴史、伝統技術の調査を開始しました
調査といっても何をどのように調べれば良いのかわからない状態でまさに、手探りでした。そのうち伝統工芸品の指定制度があり、先代を伝統工芸士にしたいと思い伝統工芸品指定を目指すようになりました。ただその指定を出す為には 昔から和泉蜻蛉玉が継承されてきて本当に先代が最後なのか というような様々な要項を調べないといけなくて、この調査には大阪府をはじめ、たくさんの方々が協力していただき、人のあたたかさや つながりの大切さを感じました。10年余りの時間がかかりましたが、和泉蜻蛉玉が大阪の伝統工芸品に指定されました。指定を頂いた事により、継承していく事が必要です。私も覚悟して、伝統工芸品 和泉蜻蛉玉継承に携わることにいたしました。

その蜻蛉玉の歴史というのはどのように調べられたんですか?

先代と先代の師匠ぐらいまではなんとか調査できますが、そこから先は特に大変でした。公文書といってもほぼ日記みたいなもので全然関係ない情報がたくさんあります。その先は、お寺や神社・博物館など歴史的な資料がありそうな場所に出向いて頼み込み古文書などの資料を拝見し、それをもとに図書館や大学また、有識者の方々にも相談したりしました。古文書といってもほぼ日記みたいなもので全然関係ない情報がたくさんあります。その中から和泉蜻蛉玉に関係する人物が書かれているかどうかを探さなければいけない。そういった裏付けを経てどれくらいの歴史を遡れるかということです。点と点を結び付けていく地道な作業です。

結果的に和泉蜻蛉玉というのは奈良時代以前から始まっていて、時の権力者が権力の象徴として用いていました。江戸時代ぐらいに入ると、庶民にも着物の飾りとして重宝されていましたが、着物が着られなくなっていったら自然と衰退していきました。それでも先代の技術が他を寄せ付けない技術であったので最終一人の職人になったのです。その内容を大阪府に持って行って真偽の裏付けをしたのち大阪の伝統工芸品として指定して頂きました。

多数の職人がいた時代から先代お一人だけになるまで職人が減少したのはどうしてですか?

高度経済成長期くらいにまで遡るんですが、当時は景気が上り調子で人件費も上がっていました。そして多数いた職人もそのほとんどが兼業の職人でした。そのため高度な技術に対応出来なかったのも要因だとおもいます。また多くのものづくりの職人の給料も上がっていたんですが、その人件費の高騰により日本の職人の技術を海外に持って行ったんです、人件費の安い国に。そして似たような作りの安いものが市場に出回って、相当技術が高くないと生き残れなくなってしまったからなんです。

現代化に伴って先代から作風やデザインというのはどのように変化してきていますか?

もちろん簪・帯留め・根付け・羽織紐など着物に関するものもありますが、なかなか難しいですね。うちは蜻蛉玉を作っているので その蜻蛉玉を使ってどんなものが出来るだろう と考え続けています。その一つがブレスレットだと思います、昔にはありませんでしたし今のニーズに合わせて作りました。

このデパート内に店舗を構えられたのはどういった経緯からですか?

元々全国各地のデパートのイベントなどでよく出店していて、ここは地元なので毎年二回ほど出店していたんです。そしてここのデパートが50周年を迎えリニューアルした時に ここに店出さへんかと お声をかけてくれたのでそれがきっかけです。これも人とのつながりですよね。

国宝の復元に携わったと拝見しましたが、それはまたどういったきっかけで?

最初にイベントの会場で声をかけてくれまして色々説明されたんですがほとんど半信半疑でした。そのまま押し切られる形で予定が組まれまして 平等院に来てください と言われたもんですから一応行ってみたんです。そしたらイベント会場に来ていた人がいましてその人に案内されたらめちゃくちゃカメラやら色んな設備があったんですよ、これほんまもんのやつか とその時になってやっと気づきました(笑)。話を聞くとそれは和泉蜻蛉玉の伝統技術でしか出来ない仕事だったので引き受けました。大変な仕事でしたが、勉強にもなり反響も大きかったです。その後も文化財の修復や復元等に協力しています。

「和泉蜻蛉玉」は、山月工房の登録商標です。

大阪の伝統工芸品「和泉蜻蛉玉Ⓡ」

山月工房

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